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ギョベクリテペのシンボルは、約13,000年前に彗星に爆撃された地球を明らかにします


ギョベクリテペのシンボルは、約13,000年前に彗星に爆撃された地球を明らかにします

(図 Black Hole Pixabay by urikyo33)  (Fig.) アーティクル・イメージ

 

地球上で最も謎めいたミステリアスな寺院の1つは、現代のトルコ(Turkey.)にあります。

現代の学者達により、ギョベクリテペ(Gobekli Tepe)と特定されたこの遺跡には、異なるサークルで形成された何十もの巨大な石の柱があります。 これらのサークルの中に、研究者達はシンボルと隠されたメッセージの跡を見つけました。それは建造者 - 依然として[誰なのか]確認されていない人物 - が、私達が見るために残したものです。

 

(図 Göbekli Tepe site (1) ウィキメディア経由CC4.0 クレジットZhengan)

ギョベクリテペの巨大な柱

 

シンボルと彫刻は、どのように13,000年前に地球に壊滅的な彗星の衝突が起きたのかを、物語を語っています。

その頃の太陽系のコンピュータ・シミュレーション[計算機による模擬実験]を使用して、研究者達は2017年に次のことを発見しました。ギョベクリテペで発見された彫刻は、西暦前10,950年頃に起きた大規模な彗星の衝突を描写しています - これは、奇妙にも、ちょうどこの時代を中心とした時期と同じです、小氷河期は世界と私達が知っている文明を永遠に変えさせました。

この小氷期はヤンガードリアス(Younger Dryas)(a)と呼ばれ、そして、それは約1,000年続きました。

学者達はこう論じています、それは人類にとって重要な時期です、というのは、農業と最初の新石器時代の(Neolithic)文明が生まれたのがその頃だからです。

 

専門家は、ヤンガードリアスを詳しく研究してきました。 そして私達は、その特定の期間について多くのことを知っている一方で、私達には依然として、それを正確に引き起こした手がかりがありません。

 

(図 GobeklitepeHeykel ウィキメディア経由パブリックドメイン)

遺跡の柱の1つのクローズアップ画像

 

そして、宇宙の影響は何年もの間主要な理論だった一方で、私達は、その考えを裏付ける十分な証拠を発見していません。

けれども、英国(U.K.)のエジンバラ大学(University of Edinburgh)の科学者達は、次のように論じています。ギョベクリテペで見つかった彫刻の一部はこれを指し示しています、彗星の打撃が、地球上で歴史を変える時代の原因となったかも知れない方法。

2017年にテレグラフ(Telegraph)(b)に話したことに遡って、サラ・ナプトン(Sarah Knapton)氏のテレグラフはこう説明しました: 「私はこう思います、この研究は、北米大陸全体に広がるプラチナ(platinum)の異常(c)の最近の発見とともに、[ヤンガードリアス彗星の衝突]に賛成して事実上事件を封印しています。」

「私達の研究は、その物理的な証拠を強化するのに役立ちます。 ここで起こっているのは、革新のプロセスです」と、彼女は付け加えました。

専門家達がギョベクリテペで発見したものは大きく変化しました。 私達は地球上で最も古い神殿と見なされているものを見つけただけでなく、ギョベクリテペは、これまでに人類により創られた最も古い天文台の1つであったかも知れません。

「ギョベクリテペは、ことのほか、夜空を監視するための天文台だったようです」と、スウェットマン(Sweatman)氏は通信協会(Press Association)のインタビューで明らかにしました(d)

「その柱の1つは、この壊滅的な出来事の記念碑として役立ったようです - おそらく氷河期の終わり以来、歴史上最悪の日です。」

 

(図 Göbekli tepe 1 ウィキメディア経由CC3.0 クレジットBenefits)

巨大なT字型の柱が見つかった多くのサークルの1つ

 

地球上で最も古い神殿

ギョベクリテペは本当に古いです。

実際、考古学者達はこう論じています、現在のトルコの柱とサークルは、紀元前9,000年頃に設置されました。つまり、ストーンヘンジ(Stonehenge)より6,000年、ピラミッド(Pyramids)より7,000年、これらのような外部の一般的な古代遺跡よりも先立つものです。

興味深いことに、科学者達はこう言っています、ギョベクリテペの一部の柱に刻まれたシンボルは、さらに紀元前11,000年頃まで遡ります。

彗星の衝突を詳細に示すシンボルは、ハゲタカの石(Vulture Stone)と呼ばれる柱で発見され、そして、石の全体のさまざまな位置にいる多くの動物を示しています。

何十年もの間、これらのシンボルは専門家を困惑させ、当惑させてきました。 けれども、研究者達は現在、次のように論じています。それらの意味はついに説明されましたし、そして、それらは実際には天文の星座の描写に該当し、地球に衝撃を与える彗星の破片を示しています。

さらに、石の「頭のない男」のシンボルは、彗星の衝突の結果として、人的災害、そして膨大な人命の損失を意味すると考えられています。

柱は、おそらく壊滅的な出来事を記念する手段として役立ったかもしれない建造物内の記念碑として、ギョベクリテペの建造者により創られました。

エジンバラ大学の研究者達はまた、次の報告をしています。彼らは、彗星の衝突の結果として地球の自転軸が変化した証拠を発見しました。

そして、私達の先祖が言いたかったことを理解するために、私達は天文学を考察する必要があります。

「多くの旧石器時代の(paleolithic)洞窟壁画や、同様の動物のシンボルを持つアーティファクト、それと他の繰り返しのシンボルはこう提示しています、天文学は実際にとても古くからあり得ます。」と、研究者達は説明しました(b)

天文学者達によれば、もしも、あなたがこの巨大な彗星がおそらく2万年から3万年前に内太陽系に到着し、それがよく見えて、夜空の支配的な特徴だったと考えるのならば、続いて起こり得る結果を考えると、古代の人々がこれをどのように無視できたのかを理解するのは難しいです。」

あなたは、地中海考古学と考古学(Mediterranean Archaeology and Archaeometry)に掲載された研究論文(e)で、ギョベクリテペ、そのシンボル、そして彗星の打撃についてもっと読むことができます

 

 

----- 出典 -----

curiosmos.commystery.news-intact.comwww.thesun.co.ukmysteriesrunsolved.com

 

----- 2019/05/02公開の記事を読んで -----

ギョベクリテペは、人類史の一部としてほぼ最古の遺跡とされています。

今から、約13,000年前は考古学的なターニングポイントでもあるようです。

  • 定説では紀元前2,500年、新説では紀元前7,000年とも言われ、はっきりしていないギザのグレート・スフィンクス。もしかしたら、この頃のものかもしれない可能性はどうでしょうか。

そして、小惑星(彗星)の衝突による大気中への粉塵の大規模拡散が、太陽光をさえぎり、そうした地球環境変化が小氷河期をもたらしたようです。

  • 小惑星の衝突と、大洪水との関連性はあったのでしょうか。

金の含有量が多い小惑星も見つかっているようですので、北米大陸のプラチナのトピックも、そうした関連がありそうです。衝突[落下地点]は北米大陸だったのでしょうか。

さまざまな仮説も含めて、地球史は興味深いです。

 

Göbekli Tepe - Wikipedia ( ギョベクリ・テペ - Wikipedia )

 

----- パズルのピース -----

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